症例名:亜鉛補充療法ではポケットの形成の心配はない
日付:2019年12月25日
亜鉛補充療法により皮膚の代謝異常が改善され、健常な皮膚の生成・維持機能が回復すするのでポケットの形成はない。
亜鉛補充療法による褥瘡治療の変化の今昔を十数年前のポケット形成症例と近年の症例とを比較・見える化した。
【記】
デイサービス利用中の方、92歳。元々老人性皮膚掻痒症があった方。
2002年秋、褥瘡を含む多彩な亜鉛欠乏症の存在に気が付いたまだ初期の頃の症例。
褥瘡については、【亜鉛補充療法がこんなにも褥瘡の治療に効果があるものか】と施設内で気が付き始めた頃に、亜鉛補充療法を完結できなかった記憶に残る症例である。
2003.09.21 主に腰臀部の搔痒と写真のごとき皮疹が発症して、受診。局所療法として当時、当然のこととして、ステロイド軟膏が処方されていた。
2003.10.21 再診時、この頃既に掻痒症と広範に広がる搔痒を伴う皮疹に、亜鉛欠乏症の可能性があることの疑い持った医師が血清亜鉛値の測定をした。Zn:44 Al-P:381.
2003.11.18 両側臀部に浅い潰瘍の褥瘡も合併するようになり、約1ヶ月前の血清亜鉛値が低値であること、老人性掻痒症、皮疹、褥瘡の発症と合わせて、亜鉛欠乏症であること間違いなしとして、プロマックによる亜鉛補充療法を開始。
2003.12.02 褥瘡全体に締まってきて来て、治癒の傾向である。Zn:39 亜鉛補充療法中にもかかわらず上昇せずむしろ低下とカルテに記載。
2003.12.11 両側臀部の褥瘡は軽快したが、腰臀部の皮疹にはビランが発症しており、類天疱瘡様の皮疹か?とカルテに記載あり。
2004.02.10 ステロイドの局所療法で皮疹は進行しないとの記載あり、尾骨部の数個のビランを残し、腰臀部の皮疹はおおむね軽快し、臀部の褥瘡も治癒・瘢痕化している。ZN:57 Al-P:374
2004.03.01 褥瘡が急速に悪化し、広範囲にぶよぶよとしてポケットの形成あり。 Zn:39 Al-P:356
2004.03.04 デブリードメント。 どうも家族の在宅での介護の協力が不充分で、服薬についても理解が得られていないようである。
【記】
2004.03.09 広範囲のポケット形成あり、その上に表皮の脱落した薄い真皮層が被っている状態で、ポケット底部の病的な肉芽が覗き、浸出液も多い。
2004.03.23 ショートステイ時に褥瘡面多少軽快しても、在宅で悪化するようであり、服薬の管理も充分の協力が得られない様であった。
兎に角、まだ当時は、褥瘡が亜鉛補充療法で軽快・治癒するとの社会での知識の広まりは殆どなかった時代で、充分の協力が得られなかった症例でもあった。
2004.04.20 それでも表皮層の脱落したビラン面に再生上皮が覆い浸出液も減少してきたが、ポケットは治まらず、開口部に病的肉芽が覗いている。Zn:37 Al-P:**。 この後、近日中に死去されたと言う。
【記】
一見皮膚の脱落は修復された様に見えるが、日本褥瘡学会の局所療法で注意されている通りの広範囲のポケット形成があった症例。もう現在から15年余も昔の話であるが、世間ではこんな症例で、今も悩んでいるらしい。
種々の状況から、現在注目される多剤服用例ではなく、服薬介助を含めて全体的介助に適切な協力が得られず、亜鉛補充療法も理解されなかった様で、在宅での服薬介助が定かでなく、亜鉛補充療法に充分乗らなかったと考えられる症例。現在でも、表皮、真皮、皮下組織の皮膚の亜鉛欠乏による代謝障害が強く、健常な皮膚の生成・維持の障害されている症例では、しばしば経験される可能性がある。現実に、現在でも、もっと悲惨な症例を日本褥瘡学会のポスター・セッションに報告されていることを垣間見ている。
適切な亜鉛補充療法では、障害されていた創傷治癒機転が改善され、皮膚組織が崩壊する皮膚の脆弱性がなくなるので、この様な症例に遭遇することは当診療所及び関連する当地域では絶えて久しくない。昔はこんな症例もあったと探し出した症例写真である。
【記】
2015.09.24 初診。認知症、脳梗塞等々で、他院で訪問看護、在宅療養中の患者。10日前ごろより急速に悪化した仙骨部褥瘡について、褥瘡治療を依頼されて、受診してきた。仙骨部に大きく開口した潰瘍から尾骨周辺まで達するポケットと肛門の周辺にまで至る広範囲の発赤を示す感染と悪臭のある浸出液多量、局所の疼痛もあり。午後の初診なので、当日はゲーベンクリーム等の局所処置のみであった。
2015.09.28 かなり深い褥瘡で、悪臭酷く、浸出液も多量で、同部の痛みも強い。食事はまあまあ摂取しているという。午前の採血で、Alb:2.8 Zn:72 Al-P:273。 プロマック(75)2T 昼食後1回投与で亜鉛補充療法を開始する。
2015.10.01 深部の潰瘍底の不良肉芽をデブリする。
2015.10.05 まだ組織欠損とポケットは広く大きいが、褥瘡の周辺組織はしっかり締まってきた。潰瘍底部にやや良好な肉芽が出てきた。浸出液は減少。
2015.10.08 深い潰瘍底部のデブリスの悪臭まだ強い。軟膏はイソジンシュガーで良い。
2015.10.15 デブリスの悪臭減。
【記】
2015.10.19 順調に軽快。瘡縁締まり、浸出液と臭気減。Alb:2.8 Zn:67 Al-P:284。
2015.10.24 ポケットは縮小しつつあるが、肛門側に向かって5cm程の瘻孔となる。自宅で、軟膏3回ほど交換、訪看2回/週。
2015.10.29 広範囲であったポケットは側方はどんどん狭くなり、肛門側にのみ長く残る。
2015.11.02 瘻孔はあるが狭くなった。瘡縁、瘡口はどんどんと狭くなる。
2015.11.19 瘡口はどんどん狭く、褥瘡腔は狭い。5cm程の細い瘻孔が残る。Alb:2.6 Zn:65 Al–P:282
【担当の訪問看護所の看護師は狭くなる褥瘡口が閉鎖し、瘻孔が残らぬ様に綿棒で拡張、注射器でユーパスタを 押し込んでいるという。】 <=>【ポケット(死腔)についてはあまり気にしないで良い。】
<コメント>:本症例では亜鉛補充療法による血清亜鉛値等の変動が燻っている。当時は確信がなかったが、現在では、【亜鉛とキレートする薬剤など多剤服用症例である可能性が高い】と考えている。また、亜鉛欠乏による褥瘡形成の急性期では、亜鉛の必要性が増しているのかもしれない。
【以下のURLの論文を参照】
第18回日本褥瘡学会学術集会に参加して(Ⅴ)
【亜鉛補充療法による全身療法ではポケット(死腔)の形成は大きな問題にならない。】
局所療法に偏重する日本褥瘡学会を批判する。(Ⅳ)
亜鉛補充の全身療法では、殆どポケット形成を考慮する必要がない。
【記】
本患者は仙骨背面から尾骨方向への広範囲に及ぶ壊死・膿瘍を伴った褥瘡であったが、亜鉛補充療法で、褥瘡は本来の健常な創傷治癒の傾向が復活し、ポケットも急速に改善し、治癒した。
2015.12.07 褥瘡の局所療法のみでは、しばしば問題となるポケット(死腔)はどんどん縮小し、細い瘻孔が残った。浸出液もなく感染傾向もないので、これまでの日本褥瘡学会の教育の通り、死腔や瘻孔が残存しない様にと、苦労していた訪問看護師に、【開口部が閉鎖するまで洗浄のみで、出来るだけ壊死物質など少なく残す様にするだけで良いこと、瘻孔が残って、開口部が閉鎖したらそれでもよい。浸出液が貯留して、万々一化膿したらその時に切開しよう。キッと必要ないと思うが、と伝えた。】
2015.12.14 瘻孔は閉鎖しそう。瘻孔はテフロン針による洗浄のみで良い。訪看に指示。
2016.01.28 ゾンデで7cmほど入る細く長い瘻孔があるが、感染の兆候なしとのこと。
【亜鉛補充療法では褥瘡は自然に治癒の傾向があるので、ポケット形成の心配は不要である】
2016.03.14 褥瘡は全く治癒している。感染なし。
2017.12 の現在まで再発なしという。
カテゴリー:褥瘡