亜鉛欠乏症の診断・診療指針2018(案):追加論文①
日付: 2018年7月22日
『亜鉛欠乏症と血清亜鉛値』
~デジタル思考は間違いと言う筆者も当初はデジタル思考に陥っていた~
【亜鉛欠乏症の診断・診療指針2018(案)】
【Ⅰ】多彩な症状・疾患、及びそれ等の既往・経過等から、亜鉛欠乏症の存在を疑う。
【Ⅱ】初診時の血清亜鉛濃度等の測定を行う。
【Ⅲ】初診時の血清亜鉛値より、もし本症例が亜鉛欠乏症とすれば、もし非亜鉛欠乏症とすれば、それぞれ、凡その確率がどの程度かを推定する。
図 健常者(非亜鉛欠乏症者)群と亜鉛欠乏症者群の正規分布曲線
【Ⅳ】亜鉛欠乏症の可能性が高ければ、標準の亜鉛補充療法の試行を開始する。
【Ⅴ】亜鉛補充療法による臨床症状の変化(初期~長期の)、及び血清亜鉛値等の変動・推移(特に、初期の)を詳細に追跡し、総合的に診断・診療をする。
2002年秋に、多くの、多彩な亜鉛欠乏症の存在に気が付いた時、それまでの医師の常識として、(株)SRLの基準値65~110μg/dlの‟いわゆる基準値”の数値は頭にはいっていた。日本の医療界では、『いわゆる基準値』が、その統計的概念を抜きにして、長年にわたり『正常値』として導入された経過があるので、『基準値は正常値である。』とのウッカリ常識が、一般国民はもちろんのこと、多くの医師たちの意識の底に未だに潜んでいる。さらに、生体値は本来アナログの存在であるが、多くの医師の中にはデジタル的に捉えて、思考もデジタルのままの者も多い。臨床医療の現場でも、特に保健医療の現場では、大変に大きな問題である、と日頃考えている。
『亜鉛欠乏症の診療指針2016』(日本臨床栄養学会)の血清亜鉛値への考え方はデジタル思考で、間違っていると批判している筆者も、2002年、多数で、多彩な亜鉛欠乏症の存在に気が付いた当初の頃はウッカリ、デジタル思考に陥っていた。『亜鉛欠乏症の血清亜鉛値は、欠乏症であるから全てとは言わぬまでも、健常者の基準値(65~110)の最低値65μg/dlの周辺か?それ以下の低値であろう。』と、何の論理的根拠もなく、思い込んでいた。
幸いなことと言うべきか??2002年の初期の頃の多くの症例は、エクセルで管理をする第1例から30例頃までは、症例の初診時血清亜鉛値が80μg/dlレベルの1例もあったが、殆どの症例は50μg/dl代のレベルか、それ以下であったので、何の疑問も挟まずに診断・治療を進めていた。しかし、次第にいわゆる基準値内の低値レベルはもちろんのこと、より高値にも、症例は少ないが、例えば、基準値の最高値110μg/dlにも及ぶ味覚障害・口腔内違和感の典型的な亜鉛欠乏症も出現することとなり、亜鉛補充療法にて、血清亜鉛値が140μg/dlに及ぶレベルにも達して、綺麗に治癒した症例等などを経験する様になった。
この頃は、【亜鉛欠乏症と血清亜鉛値の乖離】のことが大きな問題点となっており、当時の成書やメルクマニュアルでも、【血清亜鉛値は欠乏症の診断に有用でない。】との趣旨のことが記載されていた。日本微量元素学会でも、この問題が冨田寛先生等を中心に、味覚障害の大部分は亜鉛欠乏症らしいのだが、【血清亜鉛値の乖離】のことが問題で亜鉛欠乏症、突発性、薬剤性等など、果ては、【血清亜鉛値は正常(?)だが亜鉛補充療法の有効な潜在性亜鉛欠乏】とか苦肉の新語が学会内で囁かれてもいて、亜鉛欠乏症の血清亜鉛値についてのシンポジウム等が開かれた。
筆者は、2008年02月の日本微量元素学会のワークショップに応じて、丁度エクセルで集積している亜鉛欠乏症疑い患者数が500名となったところで、『亜鉛欠乏症の確診症例で、データの揃った257例』について、【亜鉛欠乏症症例の初診時血清亜鉛濃度の分布】を調べてみた。
【亜鉛欠乏症群と健常(非亜鉛欠乏症)群の分布曲線】
亜鉛欠乏症確定症例の初診時血清亜鉛濃度分布は図1のごとく、確かに65μg/dl以下に、56%と多くの欠乏症症例が存在することは事実であるが、それ以上にも44%もの欠乏症例が存在し、110μg/dlを超える症例もある。
そのヒストグラムは図2のごとくで、このヒストグラムからKolmogorov-Smirnovの正規検定を用いて、有意差率0.091にて、62.3±13.1μg/dl の亜鉛欠乏症の初診時血清亜鉛濃度の正規分布曲線が描ける。これにより図4で、亜鉛欠乏症の正規分布曲線(B)を描くと、亜鉛欠乏症群の基準値はおよそ青の矢印の36~89μg/dlとなる。つまりこの間に、亜鉛欠乏症の95%が、統計的には曲線のごとく分布することとなる。
次に、健常者(非亜鉛欠乏症)群の基準値である。厳密な意味での健常者(非亜鉛欠乏症)の集団は存在しないと考える。(株)SRLの血清亜鉛濃度の基準値(65~110μg/dl)は、SRLが原子吸光法で血清亜鉛濃度を測定し始めた1980年頃に、いわゆる健康成人167名から制定したものである。1976~1980年にかけ、世界ではじめて一般市民を対象とした米国の血清亜鉛濃度調査NHANESⅡ、及び2003年の筆者等のKITAMIMAKI Study(図3)の調査結果を合わせて推測すると、この1970年代後半から1980年頃は、日本社会で亜鉛不足が始まった頃で、少数の潜在的亜鉛欠乏症者(亜鉛欠乏症の症状は発症していないが、亜鉛不足が存在する、一見は健常者)が含まれていても、現在では、このSRLの基準値を『仮に、健康成人の基準値とするよりない』と筆者は考えている。また、約30%余もの亜鉛不足の傾向が推定される現代の一般成人に比較して、亜鉛欠乏症及び潜在的亜鉛欠乏症者が少ないと推測されるKITAMIMAKI Study上での小学児童群及び中学生徒群の分布は、ほぼ、65~110μg/dlの範囲に分布していることも、それを支持している!!と筆者は考えるのだが、如何なものであろうか?
65~110μg/dlを仮に健常者(非亜鉛欠乏症)群の基準値とすると、87.5±11.2μg/dlの正規分布曲線(A)が描け、健常者群は赤の矢印の65~110μg/dl間に、その 95%が曲線のごとく分布することとなる。両曲線のそれぞれの平均値の差は約25μg/dlとなる。
個々にはそれぞれ異なるのであろうが、平均して25μg/dl程、血清亜鉛値が低下する状況で、欠乏症状が顕在化すると言ってよいのであろう。。
【亜鉛欠乏症の臨床と血清亜鉛値の実際】
つまり、統計的には、健常者(非亜鉛欠乏症)の群は、87μg/dl近辺に最大の分布を持ち、標準偏差値11.2μg/dlの正規分布曲線に応じて幅広く分散・分布している。亜鉛欠乏症の群は、確かに約25μg/dl程、より低値の62μg/dl近辺に最大の分布があるが、標準偏差値は13.1μg/dlとより広い範囲に分散・分布し、当然のことながら、それぞれ±2σの範囲でも、それぞれの群は大きく重なり、3σでは、もっと広範囲であることは、正に、【亜鉛欠乏症と血清亜鉛値の乖離】問題として、多くの人を混乱に陥れたが、これが真実であり、自然の法則通りである。
臨床の現場では、当然、同じ血清亜鉛値で健常者もいれば、亜鉛欠乏症者も居り、少数ではあっても、個の至適血清亜鉛値が140μg/dlで、110μg/dlともなれば立派な亜鉛欠乏症を発症してもおかしくない。一方、極少数であるが40μg/dlレベルであっても、亜鉛欠乏症症状が認められない個も存在する。ただ、予測に反した血清亜鉛値の動きや殆んど燻って動かない症例、極端な変動を示す症例もあり、まだ、十分のデータが揃っていないが、多剤服用例に多い感触である。項を改めて論じたいと考える。
【低亜鉛血症とは??どんな病態なのか??こんな疾病があるのか??】
亜鉛は生命に必須な元素であって、細胞内外のレベルでの酵素反応の場の組織濃度のグレードはもっと微妙なものであると考えるが、この血清亜鉛値の変動との落差はどのように調節されているものか興味は尽きない。将来その解明がなされるものと思うが、厳密には殆んど何もわかっていない現在、この様な変動の大きい血清亜鉛値の何を捉えて、【低亜鉛血症】と診断し、その病態はどんなものであろうか?低亜鉛血症とは?急性疾患なのであろうか?慢性疾患なのであろうか?その保険適応薬剤の薬理作用は何か??国家が認めたこの疾患?全く理解できないことである。
【MIMAKI Dataから見えてきた血清亜鉛値】
それぞれ個々人の血清亜鉛濃度は至適な血清亜鉛値があり、短期的長期的に多少の【揺らぎ】があり、平均して約20μg/dl程の午前から午後にかけての顕著な【日内変動】がある。さらに、手術や急性疾患などの【ストレスによる急性期の血清亜鉛値の低下】も認められる。そして個々人の予備力とそれぞれの状態・状況、さらには、キッと症状・疾患にもよるのかも知れないが、【平均して、20μg/dl程度に、血清亜鉛値が低下する状況で、症状・疾患が顕在化する】多彩な症状の慢性の亜鉛欠乏症が発症することとなる。
亜鉛欠乏症の血清亜鉛値は約1か月ごとの測定で、多くの症例で、亜鉛補充療法開始後、約1か月前後で比較的大幅な上昇を示し、その後の約1ケ月(補充開始約2か月)前後には初診時血清亜鉛値付近に低下して、その後徐々に徐々に上昇して、それぞれの症例に応じてではあるが、凡その平衡に達し、その後、最高値より少し低下した値で安定する傾向がある様である。