論理的亜鉛補充療法の実践(Ⅶ)~臨床症状の変化と血清亜鉛値等の変動の追跡~②

日付: 2017年8月22日

【褥瘡は典型的な亜鉛欠乏症である】


【亜鉛欠乏により多彩な皮膚症状 ・ 皮膚疾患が発症または難治傾向となる。】

筆者は、腸性肢端皮膚炎は経験したことはないが、褥瘡はじめスライドのごとく、多彩な皮膚症状・皮膚疾患を経験した。
【褥瘡】は亜鉛欠乏による皮膚疾患の中でも代表的な疾患である。
【褥瘡は、亜鉛補充療法による全身療法と適切な軽度の局所療法で、一部例外を除いて、比較的容易に、安価且つ安全に治癒せしめ得る。除圧や軟膏療法等の局所療法は、これまでに日本褥瘡学会で培われて来たもので十二分であり、少なくともあの複雑な軟膏療法は必要としない。】栄養についての全身管理も望ましいが、論理的亜鉛補充療法で、食欲も自然に回復することが殆どで、極端な例外を除いて、一般にあまり濃密な栄養管理をする必要がないとも考えている。

 



症例1 褥瘡に亜鉛補充療法が有効であることに気が付いた初期のころの症例である。
2004.06.21.下痢が続き、亜鉛欠乏症ではないかと血清亜鉛値を測定、Zn:59μg/dl。亜鉛補充療法を開始したが受診を中止。2004.12.07.在宅療養中に食欲減退を認めている。
2005.02.09.臀部に褥瘡発症。Zn:77μg/dl、Al-P:235、Alb:2.7。亜鉛補充療法を再度開始し、褥瘡軽快するが、再び受診中止、在宅療養の方。
【現病歴】
2005.04.11.ショートステイの利用時に、左踵部と臀部と仙骨部の褥瘡認められて、受診となる。踵部は大きな黒化した痂皮が付着し、周辺の組織は感染もあり、ブヨブヨと浮腫状で、発赤あり。臀部、仙骨部は発赤、紫色化、易剝皮傾向で、褥瘡の表皮病変である。当時は既に殆どの褥瘡の主要因が亜鉛欠乏によるものと経験上考えていたので、同日に通常処方のプロマックの投与を開始。局所はイソジンシュガーのみ。8日後、04.19.踵部の感染は軽快し、痂皮も、ぐっと締まっている。臀部の表皮病変も発赤、紫色化は軽快し、易剝皮傾向も改善している。
2005.05.09.約1か月後、痂皮はますます締まって、臀部の表皮病変はほぼ健常化している。
Zn:78μg/dl Al-P:321 Alb:3.5

 



2005.05.09.同日、デブリードメントを行う。ほぼ骨膜に達する深く大きな組織欠損。2週間後、ややピンボケの写真ではあるが、創面はかなり縮小。デブリ3週後の05.30.には、創面さらに縮小した。ここでショートステイを退所し、在宅となり、発症前と同様の介護状態となるが、褥瘡治癒は進行し、6月中旬(亜鉛補充療法開始2か月余)に治癒したという。
2005.09.07.再びショートステイ入所時に撮影した写真である。踵部の褥瘡は殆んど上皮化が完成し、腰部の皮膚は、ほぼ、健常な皮膚となっている。
Zn:111μg/dl  Al-P:317 Alb:3.7 本人は『本当に良かった。もう駄目かと思っていた。』とのことである。
2006.01.25.亜鉛補充療法を中止している。
2006.11.15.再診時、食欲も、皮膚も問題がなかったが、Zn:65μg/dl、Al-P:265と亜鉛不足の状態が進行したので、予防目的でプロマックを再開。その後、褥瘡の発症はない。

コメント:亜鉛欠乏症へ亜鉛補充療法を開始した初期の頃の症例である。亜鉛補充療法もしっかり追跡されず、しばしば中断されていた症例であるが、当時、比較的難治とされていた踵部の全層壊死した褥瘡であるが、主に亜鉛補充療法に、軽度の局所療法で治癒した症例である。腰部、仙骨部の主に表皮層の褥瘡は1週から1か月以内に治癒。
血清亜鉛値、AL-P値の変動も予測通りであった。

 



症例2 寝返りも打てないC2の寝たきり状態で、胃瘻栄養、ほぼ植物人間状態の方。 6年余にわたり、病院・施設を転々と転院していたというか、転々と回されていた方。数年来、右大転子部の褥瘡の中心部の潰瘍が続き、除圧や如何なる局所療法でも治癒したことがない。種々の軟膏や大変に高価なスプレー剤(線維芽細胞増殖因子製剤と考える)を使用した治療法でも、全く効果がなかったと家族が言う。当施設のナースは『大丈夫。直に、治りますよ』と宣言。
【現病歴】
2005.08.24.入所時の大転子部の褥瘡の状態である。殆んど皮下脂肪層がなく、直下に、大転子部の骨が触れる突出部の褥瘡が繰り返し、繰り返して、瘢痕化した褥瘡の中心部の浅い潰瘍から浸出液の滲み出しが続く、陳旧性の褥瘡である。Zn:38μg/dl Al-P:128 Alb:3.0
2005,08.30,初診時の血清亜鉛値が38μg/dl、当時としても、初めての超低血清亜鉛値状態であるから、08.30.より早速、標準的亜鉛補充療法を開始した。局所療法はイソジンシュガーのみ。特別の軟膏を使用することもなく、約1週後の09.05.には、潰瘍面がやや乾いた感じとなり、潰瘍もやや縮小し始める。2週後の09.14.には浸出液ほとんどなくなり、潰瘍は、さらにぐっと縮小した。
2005.09.20. Zn:63μg/dl Al-P:169 Alb:2.9 と血清亜鉛値もAl-P値も大きく変化した。

 



09.26.には浸出液がほとんどなくなったので、イソジンシュガーをデュオアクティブに変更した。
その後も治癒が進んで、亜鉛補充療法開始後、約50日でほぼ治癒した。
2005.10.17. Zn:52μg/dl Al-P:233。あらゆる局所療法でも、数年間の長期にわたり、治癒しなかった陳旧性の褥瘡があっという間に治癒した。数年にわたる病院、施設での種々の治療も、介護も受けてきた患者。変わったことと言えば、ただプロマックを投与したことである。 『百聞発見に如かず』である。

 



コメント
【褥瘡は、亜鉛欠乏による皮膚の健常な生成・維持が障害された皮膚の脆弱状態により、発症し、治癒が遷延するもので、亜鉛補充による全身療法と適度な局所療法で治癒する。】
2005年当時は、亜鉛の創傷治癒への影響は知られていたが、何故?褥瘡が治癒するのかは不明の時であった。しかし、一例一例、褥瘡の発症の状況と褥瘡の治癒経過とを検討していると、他の創傷治癒と同様に局所療法も必要ではあるが、当時、(現在でも)褥瘡学会での常識である単純な組織の圧迫により始まる局所の血行障害が主要因ではなく、糖尿病による壊疽と類似の褥瘡部の皮膚そのものが崩れてゆく感じが強くあり、何か代謝異常による皮膚の生成障害であると考えられた。当時の日本褥瘡学会では、いや現在でも、シーツの皺にまで気を遣う、きめ細かな局所の除圧や軟膏療法でも、消毒剤などの刺激性のあるものは避けるとか、褥瘡の状態に応じた種々の軟膏を細かく使い分けて、創傷治癒因子を阻害しないように、【脆弱な皮膚を真綿に包むがごとき繊細な局所療法】が求められている。そして、治癒に難渋している。
亜鉛トランスポータ ZIP13などの論文が出て、膠原線維や膠原組織、コラーゲンの生成等々と健常な皮膚の生成・維持に亜鉛が大きくかかわっていることが判ってきた。更にその後、最近の亜鉛トランスポータの研究から次々と亜鉛の生体内機能が明らかとなり、特に皮膚の健常な生成・維持に亜鉛が重要な役割を担っていること明らかになりつつある。
しばらく次々と論理的亜鉛補充療法による褥瘡の治療症例を呈示しよう。
本年9月には第19回日本褥瘡学会学術集会が開催される。日本褥瘡学会の会員の皆様は局所療法主体の各自の症例の治癒経過と比較検討されることを希望する。